キミと同じ時代に

生まれてきた私はツイてるどころじゃない

担当とか推しとか考えるのやめていい?

※始めに言っておくと、今回の記事はそれなりに長い!6000文字くらいある!暇な時に読んで!!


私が松村北斗くん*1というアイドルに出会ったのは、彼が少年倶楽部に初登場した回。五関くんに連れられて登場し、可愛らしい喋り方で名前を何度も言い直した、あの時だ。私は一瞬で彼の虜になり、2ndシングル発売を控えた現在までファンを続けている。しかし北斗担なのかと聞かれると、そうではない。私の中には自担と推しに明確な差があり、その定義に当てはめると、私にとって彼は自担ではないのだ。


特に身近なヲタクには、口癖のように北斗担ではないと繰り返してきたと思う。
・ほんとに松村北斗は担ってないから!
・デビューしたら降りる
・まあそもそも担ってないから降りるもクソもないんだけど
・好きよ?でも好きな人と自担は違うから
我ながら意味が分からないが、自分が発した自担の定義に縛られてるなというのは感じ取れる。


ではなぜ彼を自担にしたがらないのか?

熟考に熟考を重ねた結果「怖いから」という答えに辿り着いた。


少し話が脱線するようだが、私はドキュメンタリー番組を観ることができない。物理的に視界に入れることは可能だが、真剣に観ることができない。ハッピーエンドでもバッドエンドでも、はたまたオチがなくても、しんどいのだ。先日ジェシーが出演していたのでハモネプを観ていたが、わりと厳しかった。出演していた学生たちに対して「頑張ってて馬鹿みたい」という気持ちなんて1ミリもないし、最近よく耳にする共感性羞恥という性質とも違う気がする。おそらく、感情移入がヘタクソすぎて、0か100しかないことが原因だと思う。私の100だとしんどいので、人前ではよく0にしている、そうすると物凄く薄情なヤツが完成してしまう。小学校の送別会では他の皆が泣いている中、ひとりだけヘラヘラしていた。だからROTも未視聴のままHDDに残っている。


苦手なのはドキュメンタリーだけではない。松村北斗くんについて具体的に挙げるなら、ジャニーズwebの連載「北斗學園」や東海ウォーカーの連載「アトリエの前で」を読むのが苦手な傾向にある。北斗學園はリアルタイムで読まなければ過去の投稿が消えてしまうので今のところ毎回気持ちを整えて読んでいるが、東海ウォーカーは買ってから一度も読んでいない。活字が苦手というわけではない。彼のことを知るのが怖いのだ。直接的なインタビューでは答えられないことも、自分が発する文章に紛れ込ませれば、示すことが出来てしまうから。作詞をしてほしいけど、大きな声で「北斗くん作詞してほしい!!」と言えないのも同じ理由だ。


ところで東海ウォーカーを買ってから一度も読んだことがないと大袈裟な書き方をしたが、私が東海ウォーカーを買ったのは最近のことだ。2019年春に始まった連載だが、販売地域外に住んでいる私は手続きが面倒で定期購読をしなかった。そのままずるずると買わないまま1年が経ってしまったため、バックナンバーを血眼で探す羽目になったのである。dマガジン等の電子書籍であれば在庫を気にする必要はないが、ジャニーズが電子書籍に登場する以前のものは、本来写真があるべき場所を全てグレーで塗りつぶされていた。この状態の雑誌データに課金するか否か迷うところではあったが、気持ちが高まっている時に「今の私は北斗先生の文章だけでも書いますよ〜ヲタクですからね〜〜〜」と、決済ボタンを押した。しかし前述の通り、今のところ一文字も読んでいない。得られたのは手元にあるという安心感と、公式へ支払いを行なったことで得られる満足感。


連載を読むまでにパワーが必要な理由は怖さだけではない。北斗くんが一生懸命書いたものを、ただのヲタクが気安く読んではいけない気がするのだ。例えば現場に行く時は会場に見合った服を選んだり、夏なら崩れにくいメイクをしたり、場合によっては何日も前からコンディションを調整する。しかし、雑誌やwebの連載なら部屋着で寝転んで読めてしまう。ネットで購入すれば、雑誌さえも家から出ることなく手に入る。コンディションを調整する必要が全くないのだ。気軽に北斗くんの文化に触れることが出来るのは良いことかもしれないが、私が部屋着で寝転んで読むには勿体なさすぎる。連載で思い出したが、彼は連載を始めてから毎日更新を続けている。某中島健人くん()がそうだったように、高熱が出た日でも更新するようなことは出来れば避けて欲しい。休む時は休んでね……なんて下書きをしていた7月15日、この日は更新がないまま24時を迎えることとなった。14日までは「慣れてしまった更新がなくなったとき私は何を考えるのだろう!?」と考えることも多かったが、それは杞憂であった。必要以上に北斗くんを心配することもなければ、私の勝手で激しい落ち込みに繋がることもなかった。だから北斗くん、無理のない範囲で続けてくれれば大丈夫。北斗くんが「世界に愛される松村北斗」を目指すよりも、世界が「松村北斗を愛する世界」になる方が、私は何倍も嬉しい。


一時期、北斗くんは「凄くかっこいいけどクールで怖くて近寄り難い先輩」のような時があった。分かりやすいのは我武者羅覇の頃だろうか。気持ち切らすんじゃねえ、の頃である。深読みが酷い私には、北斗くんが発する言葉ひとつひとつ、すべて彼自身へも向けられているような気がした。カウアン遅刻ドッキリの待機時間も「俺、怒ってはないよ」「でも何て言えば伝わるのか分かんない…」と悩んでいて、ああこの人は何事も他人のせいにしない思考の持ち主なんだと感動したことがある。悔やまれるのは、東海ウォーカーと同じく私がガムシャラ後追いだということ。リアルタイムで観ようと思えば観れたものを、受験だなんだと避けていた。しかしドキュメンタリーに影響を受けすぎる私が受験の年にガムシャラを欠かさず観ていたら、おそらく志望大学は落ちていただろう。あの頃の私、気持ち切らさないでいてくれてありがとう。


ところで私は記憶力が弱すぎる。興味の有無に関わらず、基本的に記憶力が乏しい。嫌なことはめちゃめちゃ覚えてるけど。そんな私が複数のアイドルを応援するなんて無理なのでは?と思った時期もあった。実際インタビュー内容は右から左へ抜けていくし、発売系など日程を追うのが一番苦手だ。だからTLでフォロワー達が盛り上がってるのが何の雑誌で、それが早売りなのか発売日なのか全く分からないなんてことは日常茶飯事だ。そのくせ偽物の感情には厳しくて、特に偽物のエモさはなかなか許容できない。例えば私は7MEN侍のヲタクで、その前から今野くんのことは気になっていた。しかし正直ClassmateJというユニットに対して苦手意識があったため、当時は「今野くん好きだけどクラジェだからな〜〜〜」なんて今思えば最低なことを言っていた。だから、今でもクラジェエピをエモいと思うことが基本的にない。嫌いなわけではないので、何というか「ごめんね!でもこんぴが楽しいならそれは最高!!」という気持ち。調べればいくらでも知っているフリが出来るくらい情報が溢れている時代だが、私は絶対にクラジェ時代の今野くんを知っているフリをしないし、エモいフリもしない。偽物の思い出で過去を埋めていくくらいなら、一生にわかで構わない。空いた時間を埋めるように、呼吸を忘れるくらい、永遠に、SNSで北斗くんを検索する時もあるけれど、どんなに遡っても空いた時間は当然埋まらなくて。だから皆んなも、時間に逆らうこととかサッパリ諦めてほしい。あまり人に何かを強要するタイプではないが、これだけは許し難いのだ。髙地くんが(名指しやめろ?)地上波でB.I.Shadowの話をするたびに、SexyZoneに入れなくて可哀想だったねって思う人が増える。いいじゃん、今はSixTONESなんだから。本人の頑張りやヲタクの青春を、同情や偽エモの材料にするな。*2まあ松崎(ふぉ〜ゆ〜)もマトゥーンの話めちゃめちゃするし、まっすーがキスマイだった話もよくするし、何でもいいんだけどさ。誰が干されたとか誰が推されたとかの話はもうやめない?B.I.もセクゾもストも、みんな違ってみんな良い。ただ、私は時間に逆らいはしないが、過去に想いを馳せることはある。記憶力が乏しいながら、その頃の雰囲気というか、エモさだけは覚えている。SixTONESは特にエモくて、その時その時にぴったりな曲を歌う。ドロストとか太陽のあたる場所とか、その時に入った公演がどうだったかなんて全く覚えていないが、未だに私はエモさに泣かされてしまう。


そもそも何故わたしは降りたい等の発言をしていたのか。それはデビューが近付くにつれて、一般ウケしそうな、所謂「よそ行きのSixTONES」を見る機会が増え、その姿が好きになれなかったからだ。今までのファン以外の目に触れるようになることに喜びと緊張を抱えながら頑張っていたであろう彼らの姿を見て、私は「SixTONES変わっちゃった」なんて思っていたのである。そんなことを思っている自分のことも嫌いだった。だから、自粛期間で現場を筆頭に新たなことが何もないとなると、過去との比較を始めて「やっぱり昔がよかった!」なんて自然に熱が冷めると思っていた。しかし私の手は予想を無視し、ハッピーライブ(有料配信)の直後には仲良しのスト担に唐突なメッセージを送っていた。

私は反省した。よそ行きのSixTONESは好きじゃないと言い続けて来ましたが、コンサートのMCと違って少しちゃんとしている(?)彼らを見ていると、一周まわって可愛いなという気持ちになりました。

さらに実は1月にも揺れ動く気持ちが見て取れる下書きがある。トーンインパクト(カタカナやめろ)後に私が書いたと思われるものがこれ。

ビークレ北斗ほんとだめ。もう現場最後かもとか言ってたくせに、SixTONESの第二章も一緒に居てくださいなんて言われたら離れるわけにはいかないんですが?

こんな揺れ動く私を見ても、周りのヲタク達は「じゃあ降りれば?」「半端な気持ちでヲタクしてんじゃねえよ」なんて言うことなく、むしろ北斗くんの出演情報を教えてくれたり、当然のように連番してくれた。そういえば部屋の大掃除をした時、中学生時代に友人とやりとりしていた手紙が出てきた。捨てる前に少し開いてみると「こないだ言ってた松村北斗くん、かっこいいね!!」と書かれていて笑ってしまった。その頃は私も意外と布教活動などしていたらしい。手紙をくれた友達はその後ジャニーズに全く興味を示さなくなったが、デビューしたSixTONESを見て、あの頃みていた松村北斗くんが居ることに気付いただろうか。


私が現場や配信で北斗くんに気持ちを持っていかれる理由、それは彼の笑顔が大好きだからだ。トンパク福岡後に気付いたことだが、私は自分の好きな人が楽しそうな時がいちばん楽しい。コンサートのMCに北斗くんがすごく楽しそうな表情をするから、私もすごく楽しくなる。雑誌でカメラに向ける笑顔は違うし、YouTubeだと映らないシーンも沢山ある。それがコンサートだと、ずーーーっと見ていられるのだ。なんと幸せな時間だろう。あと、笑顔が好きと言った直後に矛盾するようだが、最近はラジオの北斗くんも好きだ。ANNの北斗くんは本当に可愛くて、声だけしか情報がないにもかかわらず、あの大好きな笑顔を彷彿とさせるのだ。今後もし私が骨折した時は、ギプスに寄せ書きよりも、毎日LINEで北斗くんの笑顔画像を送って欲しい。


笑顔に加えて、もうひとつ代表的な好きポイントとして滑舌がある。少し甘めな滑舌が、堪らなく愛おしいと思うことが度々ある。しかし北斗くんはドラマや映画などお芝居のお仕事を沢山していて、これからも沢山挑戦したいと言っている。そのために滑舌のトレーニングも頑張っているそうで、つまり私が愛おしいと感じている滑舌を、北斗くん自身は良しとしていないのだ。今後もし彼の特徴的な滑舌がなくなってしまったら、また私は「あの頃の北斗くんが好きだった」なんて言いかねない。いや、今までの私だったら言っていたと思う。しかし北斗くんが好きだと感じる自分を受け入れた私は違う。あの頃も良かったし今も良いと感じる未来が見える。先日はライアー×ライアーの原作をレンタルして一気読みし、北斗くんが大スクリーンに映る未来へ向かって心の中でスキップした。


現時点での私をまとめるとすると、2つの気持ちが存在する。
1.
どうか、そんなに急いで変わらないで。徒歩の私が、新幹線のSixTONESを追いかけるのって大変じゃん?だから、私も自転車くらいでいられるようにするから、SixTONESも北斗くんも各駅停車の在来線くらいで居て。

2.
SixTONESが、北斗くんが、変わりたいというのなら、リニアモーターカーくらい速くなっても死ぬ気でついていくから。SixTONES第2章だもんね?道筋もスピードも決めてくれよ、ついていってみせるから。

どちらにせよ、かっこよさも可愛さも、厳しさもお茶目さも、涙も笑顔も、なるべく沢山リアルタイムで観られる私で居たい。怖がってなんて居られない。


最後にまたROTの話に戻ってしまうが、さすがに観ないままでは居たくない。考えた結果、北斗くんが30歳になった頃、あんな時期もあったんだなあと思えるくらいになってから観ようと思っていた。しかしこの記事を書きながら気持ちを整理していると、おそらく何年も置いてから観ることで、また激病みするだろうなと感じた。あの頃の私は何も知らないままただキャーキャー言ってる野次馬みたいなものだった、なんて言いそう。もし近いうちに家でひとりぼっちの日があったら、スト缶片手に*3一気観するかな。そのときアト前も読もう。


自担とか推しとか、言葉の定義なんて関係ない。私は、ジュニアにQ初登場の北斗くんから、NAVIGATERを歌う北斗くんまで、そしてきっとこれからも、松村北斗くんが大好きだ。

*1:王子様みたいな名前だね

*2:決して優吾にキレているわけではない。

*3:すぐ酒の力借りる。